かわいい子には・・・

こんにちは、きょうこです。

少し、ブログ書くのが滞ってしまいました^^;

いろんなことがたくさんあって、自分のエネルギー状態もかなり激しく動いて

あたふたしながら毎日すごしているうちに、すっかり2月も半ばになってしまいました。

バレンタインも終わっちゃいましたね~♥

 

ところで、バレンタインと言えば、愛情表現の際たるもの、(今は違うか^^;)

”愛”っていうとなんか恋愛小説を連想しちゃうかもしれないですが、

そもそも言葉として”愛”ってなんでしょうね~。

昔の私はその言葉を聞くだけで、サブっ(+_+) とか、キザ~とか、日本人はあまり使わないよね、等々、斜めから冷めた目で見ていました。

先日テレビで外国の方々に1日に何回、奥さまや彼女に愛情表現のメールをするかっていう質問に、100回とか言われていて、(すごっ!^^;)人種が違えばそれをストーカーと言わないだろうか?というような恐ろしい数でした。ま、それは恋愛感情から来るので、もっと大きな意味での”愛”とは違うかなとか思いましたね。いやそんなことないのか・・・。

 

いまは、私もけっこうなおばちゃんになったので、その愛情表現を斜めから見るという偏屈さはなくなってきました。今は ”愛” っていう言葉の定義は、相手の未来を素晴らしいものにするために応援すること、そういう行動をすることではないかなと思っています。

 

みなさんは、どうですか?^^

 

これを聞いて、”そうだよね” ”当たり前だよね” と思ったあなたなら、あなたの周りの人が色々とあなたに干渉しているように感じたり、うるさく言ってきてるな~って思っても、そのことにウザい!とか、わ!嫌なこと言われちゃった~💦 なんて気持ちがぶれたり、揺れ動いたりしないでしょうね。

 

むしろ、そういうふうに周りの人が言ってくるのだから、もしかしたら間違った道に迷い込んでいるのではないか?自分の今いる場所はホントに自分にとって良いのか?って見直すだけですよね。

でも、”愛” または ”愛される” ということが、かまってもらって世話してもらう。自分の話を聞いてもらって共感してもらうことになっているとしたら、どうでしょうか?

 

ただただ自分の話を聞いてほしい、うなづいてなぐさめてほしい。自分は正しいのだといってほしい、そうしてもらうことで愛をもらったと勘違いしてるとしたら・・。

 

ほんとに幼いころはそれで満足でしょうし、それで困ることも少ないでしょう。まだ社会にも出ていないですし大人が守ってくれていますから。だけどそのまま、それでオッケ~なまんま大きくなって社会人になったらどうでしょう?

社会に出たときに、もし、周りの人が愛のある行動をとってくれていたとしても、自分の話、要求が聞いてもらえないとか、そうだよねって、うなずいてもらえないだけで、”バッサリ切られた””冷たくされた” などと感じ、傷つけられたかわいそうな自分、バカにされたみじめな自分と感じるのではないでしょうか。それで仕事がうまく回らないのは損ですよね。

人は自分の中にないものを認識できないので、何がホントの愛なのかを知らないと、周りの人の愛も全然認識できず受け止めることができません。もったいないですよね。

どこかで気づくことが大切だと思います。人はおぎゃあと生まれると👶よほど例外がない限り、親や祖母、祖父という人たちと一緒に育ちます。その幼いころの家族関係が大人になってからの人間関係の基礎を作るのに大きな影響があります。そしてそれが生涯、自分の人生すべてに影響を及ぼします 💡 (魂とかそういう話になると、またちょっと違うのだと思いますが・・)物理的に脳や体(肉体)が発達する時期ですもんね。少なくとも顕在意識が理解して反応、行動する世界では影響が大きい。

だから、育った環境はとってもとても大事ですね。

ちょっと違う感じの話かもしれませんが、先日こんなお話を伺いました。

息子が社会人になって、家から通う時、生活費を入れてもらえばいい、って言われた、でもそれがと~っても抵抗がある。息子がかわいそうだとおもってしまう。お給料を搾取してるみたいに思う。だから言えない、というお話しです。

 

ま、それほど親もお金に困っていないと、息子が成人して働いてくれるだけで嬉しいですし、働いて稼いでもそれを自分のことに使ってくれても全くかまわないって思いますよね。学費が減るだけで嬉しい♪みたいな気持ちになったりして。私もよくわかります。もう自分でやってくれるだけでありがたい!(笑) でも、この方のようにあまりに抵抗があるというのはどうでしょう?

 

おそらくご自分がそうされたときに、親に愛がないとどこかで感じる、ひどいな~って思われたのではないでしょうか。だから自分も同じことをすると子供から愛がないと思われるだろうな。それがもとで嫌われたくないな、だから言えないわ・・・。そんな感じでおじけづいてらっしゃるんです。でもそれは、勘違いですよ~。

 

本当に子供を愛している人は、娘、息子に対して自分の行動に気が引けるなどという事はないのではないでしょうか。根底に子どもを大切に思う気持ちがあるから。自信をもって何でもできると思います。

なにか子どもにお願いすることに気が引けるときは、必ず自分の被害者意識が働いているときです。それを頼んだらかわいそうではないか、自分が甘えているのでは?、何もしてもらえてないと子どもは思わないだろうか・・。

 

そもそもそれは、自分がそう思っているからですね~。

親にとって、子どもはいつまでたってもどんなに年をとっても子どもです。可愛いに決まっています。何でもしてあげたいし、優しくしたい、と思います。でもホント~~に子どものことを思うのなら、立派に成長してくれる事が1番その子にとって必要なことだと思いませんか?それを応援するために必要なことをするのが親の愛ではないかなと思います。心を鬼にして・・・なんて言ったりしますけど、そんなに心を鬼にしなくても、ものすごく頑張らなくてもできますよ。だって大切な子どものためですもん。

ありきたりですが、かわいい子には旅をさせろっていうことでしょうか。

 

では、では。

早く春になれ~💐